読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シャイニングマンの「勇気を君に」

今まで人の役に立った事がない人間が出来るだけ人の役に立とうと始めたブログ

時間は命と等価交換。1秒たりとも無駄には出来ない。けど無駄にしちゃう僕。(クズ♪)

雑記

後で読みます?⇒このエントリーをはてなブックマークに追加

スポンサードリンク

f:id:shining-man:20170106113448j:plain

どうも。シャイニングマンです。今日はマジでクソ雑記。ゴミ雑感。見出しもへったくれもご用意しておりませんので、暇すぎる人だけ、心してお読みください。

 

皆が皆そうだとは言いませんが

 

人生の時間の内「自分の好きな事だけを出来る時間」ってどんだけあるんですかね。

 

昔、めちゃくちゃザックリとですが計算した事があったんです。えぇ。中卒の癖にね。数学の点数とか10点以上取った事無いのにね。(ガチ)

 

とりあえず人生を「80年」だと仮定しますね。まぁ今んところ一般的な価値観では大体そんなもんでしょう。

 

先日の記事で「30年以内に人間は不老不死になる」とか言っといてアレですが…(小声)

 

で、生まれてから物心ついて、親元離れて「大人として」独り立ちするのが20歳だとしましょうよ。大体ね。

 

じゃあ実際の所は80-20で大人として過ごす人生という事で考えると「60年」になります。

 

で、あと「睡眠時間」ね。起きて自分の意志で活動してないこの時間。無いのと同じですよね。仮に1日8時間寝るとしましょうよ。これだけで人生の時間の1/3ですよ。

 

60÷3=20で、60-20=「40年」まで減ります。人生80年もあるはずだったのが、もう40年になった。

 

まだ続きます。

 

「労働時間」です。これも人によるかと思いますけど、平均したら「1日8時間」くらいは誰でも働いてるでしょ。

 

で、日本のサラリーマンの年間休暇が大体「120日」らしいので、それを元に計算すると、365-120=「245日」は年間働いてると。それを20歳から定年の65歳までの45年間続けたとしたら「11025日」ですよね。

 

更にこれを「8時間労働」で計算すると「88200時間」になります。これを年数にしたら「約10年」です。40-10=「30年」になりました。実際はもっと働いてる人(僕も)も居ると思うので、そういう人はもっと多くなります。

 

はい。大人として過ごす人生の時間の中で「睡眠」「労働」の時間を除いた正味の時間は大体「30年くらい」って事になります。あと、個人的な感情を入れるとすれば

 

「体も心も健康な状態」って考えたら「60歳~80歳」は正直言って微妙な所です。今みたいにやりたい事がやりたいように出来るほどのコンディションが整ってるのかな?って。

 

これはあくまで主観的にですが、僕はこの20年は計算に入れませんので実質は「10年ちょっと」かなと思っています

 

まぁざっくりですよ。ざっくりとですけど…こう考えたら

 

 

 

 

 

 

「人生80年」なんて大嘘じゃねぇか!!!

 

 

 

 

 

 

僕は今もう32歳になっちゃってるので、じゃあ残りの時間って…とか考えたらもう気が気じゃない。 

 

「時間」ってタダで手に入ってるように思いがちですけど、それは「自分の命」そのものなんですよね。この命で時間を買ってるって感覚。しかもそれは自分の意志とは関係なく自動的に支払われ続け、買った時間はどう使おうとも、貯蓄する事は出来ずにその場で使い捨て。

 

なかなかシビアなシステムだと思うけど、さすが神様、良いセンスしてるなぁ…とも思う。

 

なんて考えてると、それほどまでに貴重な「時間(=命)」の使い道、これからはもうちょっとしっかり考えないとな。 

 

…なんてもう何年もずっと思ってるんですけど、なかなか上手く使えないクズな僕(笑)怠惰とズっ友。怠惰だけがソウルメイト。(…ちゃんとします) 

 

ただ、僕がブログを始めたの目的はこの「労働時間」の方を将来的に減らすって所にありまして。

 

もちろんすぐにどうこうなる訳ではありませんし、将来的とはいえこれ一本で食うなんてレベルでは考えてませんが、40歳くらいまでには何とかその時間から「自分の自由な時間」を捻出できるようにしてやろう、くらいには考えてます。

 

このまま自分の大切な命を「労働時間」なんかに費やすなんてまっぴら御免ですからね。だって労働する為(お金を稼ぐ為)に産まれて来た訳じゃないですから。

 

何の為に産まれて来たのかとか、何の為に生きていくのかとか、それはまぁ人によって色んな答えがあると思うんですけど、僕の場合はそれら全ては「笑って死んで行く為」だと思ってまして。

 

生き物には「絶対死ぬ」という結末だけが決められてますよね。そして人間が他の動物と違うのは「その事を知っている」という点です。

 

何の為にそうなっているのかは僕の知る所ではありませんが、これは僕的には「大きなアドバンテージ」だと思っています。

 

ただ「いつ死ぬかは知らされていない」っていう部分に関しては、これまた神様のセンスに脱帽ですが(笑)

 

まったく、ロマンチックな奴ですよね。神様。

 

でもこれを利用しない手は無いなと。物語の結末は既に決まってる。抗えない。ならば後は逆算して人生を楽しむだけ。

 

「良い人生だった!お腹一杯!」と、死ぬ間際に思えたなら、もうその人生は100点だったって事で良いと思うんですよ。その為にも、やりたい事は絶対にやるべきだと思ったので、僕はこんな歳になってもまだバイトしながらバンドをやっている訳です(笑)

 

将来不安じゃない?と聞かれればそりゃ不安もありますが、それに囚われ過ぎていざ死ぬって時に「あぁ…バンドやってれば良かったなぁ」なんて思う事の方がよっぽど最悪なのでね。取返しつかないじゃないですか。あくまでも僕の場合はですが。

 

命を引き換えに得る時間。じゃあ人はその時間を何に換えるのか。その時間を切り売りして労働してお金に換えたとして、じゃあそのお金は何に換えるのか。

 

それが最終的に死ぬ時に全部返って来ると思うんです。

 

労働も大事、睡眠も大事。お金も健康も大事ですよ。でもそれ以上に大事なものって本当に無いのでしょうか。

 

バカみたいなローンを組んで、その支払いに命を費やす人生。

 

せっかく人間として産まれて生きて死んで行くのに、それが最善の選択だとはとてもじゃないけど思えない。

 

ま、人それぞれですけどね。

 

残された時間は決して多くは無い。何かをしても、何もしなくても過ぎて行く時間(=溶けてく命)

 

無駄に出来る訳がない。そんなお話でした。

 

※自分でも書いてて何言ってんだコイツきも!って思いましたさーせん。

 

スポンサーリンク